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コロンバス旅行記8:カフェインアジア編

気づいたら一週間経った。毎日同じ時間にライブラリ行って同じ時間に帰る生活。引っ越した後とかもそうだけど、新しい場所に行って行動ルーチンを確立していく過程が好きだ。よく考えたら今年は日本で引っ越しした上にコロンバスにも来て、環境を切り替え続けている。新しいシリアルはあんま美味しくなかった。

新しいチャレンジとしてスターバックスでコーヒーを頼んでみる。頼んだ。コーヒー頼むだけなら全然簡単。ショートを頼んだけど日本のトールくらいある。日本にいたころは毎日豆挽いて自分で入れてたが、シェアハウスのコーヒーメーカーはずっと使われてない感じがして不気味なので触りたくない。アメリカに来てからコーヒー飲んでないので一週間ぶりのカフェインだ。そのせいかなんかテンション上がってしまい、資料がバシバシ読める。

アウトコールトの伝記ファイルのなかに、何故かというほどでもないがジョージ・ラックスのカートゥーンしか入ってないフォルダがいくつかあった。2人の関係は言わずもがなだが(言わずもがなな日本語話者が何人いるのか知らんけど)、あくまでアウトコールトのファイルなのに丁寧すぎないか……と思っていると、ピューリッツァーが所有していたセントルイスの新聞が1898年にアウトコールトとラックス両者の作品を同時にコミック付録に載せていたことがわかった。アウトコールトは96年にハーストに引き抜かれて、いなくなった彼の代わりにラックスが「イエロー・キッド」を描くようになったという話だったが、98年の紙面だと(件のセントルイスの新聞はコミック付録を始めるのが97年あたりだったと思うが)普通にアウトコールトの「イエロー・キッド」がピューリッツァーの新聞に載っていた。ラックスの方は自分が書き継いだあとの「イエロー・キッド」に登場させたオリキャラを「イエロー・キッド」から独立させた別の作品を描いていた。しかも米西戦争における米政府への露骨な風刺漫画だった。いわゆるイエロージャーナリズムは米西戦争を煽りまくった存在ということになっていたはずだが、やっぱり実物を見ておくもんである。

請求した資料をよく見たら、まだ読んでないオッパーのファイルがあったことに気づく。伝記ファイルの中でも特大サイズのものが別個に用意されていたのだ。どれも大変貴重な古新聞である。ミュージカル版「ハッピー・フーリガン」の一面広告とか、オッパーが書いたカランダッシュについてのエッセイとか。カフェインのテンションも相まってスタッフの人に「ここって最高な場所ですね!」と言ったら笑っていた。

アメリカのマクドナルドはデカくない。なら他のバーガーショップはどうか。というわけでウェンディーズへ。ウェンディーズスターバックスネームみたいに注文時に符丁として名前を聞かれる。咄嗟にYUNと答える。なんとなくストリートファイター3が思い浮かんだからだが、なんで俺は中国人のふりをしたのだろう。日本人があまりに少ないので、中国人ということにすれば居場所が得られると思ったのかもしれない。そしてウェンディーズは全然デカくなかった。そのあとスターバックスに行ったら俺の前に並んでいた人がどう見ても日本人な名前で注文していて、しかも俺の本名と同じスペルだった。なんだか恥じ入ってしまった。

グローサリーにはインスタント麺がない。そのこと気づくと意味もなく恋しくなってしまったので、大通りで見かけたオリエンタルマーケットに行ってみる。中に入ると中国系の商品が並んでいて(何故か豆類だけは日本製品で占められていた)、レジのおっさんは古そうなPCでソリティアをしていた。そんなステレオタイプでええんか。辛ラーメンとブルダック麺、出前一丁を発見。サッポロ一番もあったらしいが売り切れていた。それぞれ一袋1ドルくらい。他のグローサリーの商品と比べると東アジア人って食費節約なのかもしれない。ともかく袋麺を買って帰る。辛ラーメンを食べてみたら日本で手に入るものよりなんとなく辛さがマイルドな気がした。