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2019年マンガ 極私的10作挙げ

ある友人から「これを読んだ者はなんでも良いから2019年ベスト10を挙げよ」という呪文を受けたので、2019年のマンガについて感想とか書いていきます。ランキングにするのは順位考えるのめんどくさかったんで、10作品を並列的に挙げる感じにします。単にあんまり読んでないからランキングできるほどマンガ観(?)が無いというのもある。

とはいえ言い訳っぽいですが、もはや60-80年代みたいに一人が全マンガ雑誌をフォローできた時代とは違うし、出版点数が増えすぎてよっぽどじゃないと全体像を把握できない、情況論が不可能な状況なのではないかと思う。商業出版だけでも凄まじい量なのに、同人誌やWEBマンガも考えると、全部読むなんてことは基本的に不可能では。みんなそれぞれのフォローしている作品群から星座を作るようにして話していくしかないのではないか。かつてのマンガ全体像を把握できていた時代を知っている世代と、最初から全体像など不可能だと思っている世代との間にも態度の違いみたいなものがあるのではないかと(妄想かもしれないけど)思う。

というわけで以下は極私的に良かったと思う2019年の作品のリストです。私的であるがゆえに対象作品へのアクセスを読者に保証するつもりも申し訳ないけどありませんから、同人誌も含んでいます。2018年11月末のコミティアも2019年に含めさせてね。

 

1.筒井秀行『書道教室』

テクニカル&ポップ。「ディ」「時続き」などの楽しいキャッチフレーズと、それらに絡まりながら随所に現れる尖った表現。2019年の1月にこれを教えてくれた友達と、そんなわけないことを分かっていながら「今年の『このマン』決定ですわ……」と言い合っていた。本当にバチクソ面白いのですが、観測範囲では話題になっているのを見かけなかった。さびしい。

 

2.橋本治『マンガ哲学辞典』

80年代に『広告批評』という雑誌で連載されていた、マンガによる思想表現。単行本化されるのは今回が初。コマ割りを人間の意識や日本の住宅の間取りと類比させ、日本におけるジェンダー状況の毒舌的批評をすると同時に、マンガに関する極めて独創的な見方を提示している。個人的にはかつての徳川幕府における大奥の間取りとフロイトを合体させて語る話がすごく良い。橋本治が亡くなったこともあり、去年はこれ以外にも『熱血シュークリーム』の復刻や、『ユリイカ橋本治特集(わけても宮本大人の論文)が出されるなどなど橋本がアツかった。

 

3.藤本タツキチェンソーマン』

まぁこれについては良いでしょう。来週への煽りをするのかと思いきや外す(「永遠に閉じ込められた……」→「じゃあ寝放題じゃねえか!」)、感傷的になるかと思ってやめる、などなどの「外し」がとにかく面白い。随所に漂ってくる作者の気合の入ったシネフィルの気配が怖い。デンジくんは今後も良い奴としての内面を獲得しないままに表面だけのクソ野郎として僕たちを勇気づけてほしい。

 

4.時田『JKども、荒野をゆけ』

やばたん!かわいいJK!童貞がJKに翻弄される!砂の惑星!兵器!乗り物!ガリ男児がおバカ女子に勉強を教える!こうして要素を箇条書きにすると流行る要素しかないのに、組み合わせが素敵な悪魔合体。JKに勉強教えるマンガってトレンドまっしぐらですが、それをポストアポカリプスっぽい世界でやるという。彼女たちの脊髄反射の連続が楽しい、可愛い。コマの展開もなんか分裂してるというか、理屈じゃなくて勢いで進んでいって、モーレスターシリーズ動画見てるときに近い気持ちになる。

 

5.林田球『大ダーク』

間違いなく面白いけど1巻だけで評価するのは流石に不公平かもしれない。デロデロの細密リアリズムな絵で血をビュービュー出したり肉をビャーって剥がしたりしながら赤塚不二夫みたいな二次元的なふざけた動きをされるとそれだけで最高に楽しい。2話の火がボーボー燃え移っていって船員がザクザク死んでいくシーンとか悪すぎて大好き。関西のおっさんみたいにオノマトペをたくさん使いながら話すのが合ってるマンガだよね。しらんけど。だいたいなんだよ「死ま田」って名前。イエーイ!

 

6.こじまみのる『屠殺前』

2018年11月末のコミティアで買った。横長のフリップブックっぽいフォーマットに、1頁1コマで、これから屠殺されるらしい何者かの主観視点で物語が進む。軽快に頁をめくっていくと、ある時いきなり、わざとくしゃくしゃにされた紙とか、市街の写真、中央に物理的に穴の空いた絵などが綴じられているのに出くわす。同人誌だからこそ出来る実験マンガだろう。物語的にはゼロ年代ごろのインターネットメンヘラカルチャーをなんとなく感じさせる。主観視点だからこそ頁に穴が空いたりしたときに、まるで自分が穿孔されたかのようにドキッとする。作者さんのことは全然知らずに会場を遊撃しているときにたまたま見つけたのだが、本当にこれに出会えてよかった。

 

7.模造クリスタル『ソーセージコスプレイヤー』

夏のコミティアで出てた合同誌と、模造クリスタルのFANBOXで読める作品。合同誌のほうが先に発表されてるけど、後から出たFANBOXのほうが「第一話」らしい。もぞクリは2019年は『スペクトラルウィザード』と『暗き淀みのヘドロさん』が角川系で出ていて、これまでのもぞクリの課題を正当に引き継いでいる(歩き出した理不尽の皆さんと、『ヘドロさん』でりもん先生が再登場したことの意味を話したいよ)のはこれら商業出版の方だが、そのぶんいつものもぞクリというクリシェにハマりかけている感もある。個人的には『ソーセージコスプレイヤー』が児童向け番組っぽい無垢な不気味さと叙情とを素敵に兼ね備えていて一番良かった。ソーセージのコスプレをしている凄腕用心棒といっしょに西部劇っぽい荒野でエモいことを言おう。むかし作者がお絵かき掲示板で設定だけ出していた「私立監獄幼稚園」をやろうとしてるのかなと思う。

 

8.尾籠憲一『牛鬼vs上級国民』

『胎界主』の人の短編。上級国民がぶち殺されます。やっぱマンガは社会をおちょくって欲しい。しかしこの作品はあくまでホラーであり、上級国民がぶち殺されてもスカッとジャパンにはならず不気味さを最後まで保ち続ける。「ひもじい、ひもじい」っておなか空いたときに真似しちゃう。『胎界主』はついに第3部が始まるとのことで楽しみですね。

 

9.阿部共実『潮が舞い子が舞い』

作者が自分のものとした「この人が書いてるものは不穏」という空気を全力で振り回しまくる。みんな結構仲が良くて幸せそうに見える。しかし余ったようなコマでふっと遠くにある漁港とか山が見えたとき、何かドス黒いものが隠され、あるいは忘れられているのではないかという不安が瞬間ひらめく。それはたぶん、『ちーちゃんはちょっと足りない』で一人だけクズだった彼女の眼差しなのだ。

 

10.窓口基『東京入星管理局』

JKを解体して食べる系マンガの巨匠、窓先生のSFピカレスク。主人公が女の子でもピカレスクって言って良いのかな。この作品はとにかく画面がムッチャクチャピカピカで中世アイルランドの写本かなんかみたいになっていてすごい。何描いてあるのかわかるかわからないかギリギリな画面の中を、台詞と吹き出しの線条性が必死に物語へと整形していく。何が起こっているのか分からないということ自体がなぜか娯楽になる。

 

そんな感じです。2019年に読んだ2019年に出たのじゃないものだと、『シカゴ・トリビューン』っていうアメリカの新聞でやってたPenny Rossの"Mama's Angel Child"の1916年あたりのペン画がアール・ヌーヴォー的細密の極みに達していて感動した。Sunday Pressから復刻されてくれないかなー。Newspapers.comの新聞データベースで読んでるんですが、このデータベースだと画面が白黒なんで、日曜カラー付録が十全に読めないんですよね。

あと2019年は鬼滅がすごかったですね。鬼滅、なんとなくキン肉マンと同じ匂いがするというか、「実はこのときあの匂いを嗅いでたんだよ」とかの目に見えないものの存在を後から主張することで戦っていく感じが、アシュラマンの冠をコントローラーにはめるときみたいな無理やり故のドライブ感を発揮してる気がするんですが……。もちろん面白いって意味です。でもどストレートな面白さではないと言うか、個人的にはチェンソーマンとかと同じくマニアック枠だと思ってたので今回のヒットはちょっと意外。鬼を殺す集団に「鬼殺隊」って名前つけちゃうセンスもイロモノ感ありありじゃないですか?