読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

装置

死・マンガ表現・ツイッター

東方鈴奈庵第43話における八雲紫の胡散臭い空間

東方の話です。

鈴奈庵と茨歌仙がほぼ同時に発売され、どちらも表紙カバーに紫がいたので少し驚きました。なにせ彼女は最近になってめっきり露出が少なく、三月精儚月抄の頃のような黒幕ポジションはマミゾウに奪われつつあったので、これはいよいよ新旧腹黒老婆抗争が始まるのかと思いましたが、別にそんなことはありませんでした。

(以下、鈴奈庵6巻ネタバレあり)

 

 

 

 

で、その紫ですが、鈴奈庵6巻では43話「人妖百物語」後編に、怪談話をしにくる人妖たちのうちの一人として登場します。博麗神社の境内に組まれた櫓の上で行われる百物語ですが、しかし紫は空間的なポジションにおいて非常に特殊な現れ方をしています。

 

紫は櫓の上にいない

まず、これは櫓の上を俯瞰から描いたコマです。


f:id:trebuchet:20170131140017j:image

(鈴奈庵6巻96頁。)
ご覧の通り鈴奈庵のレギュラー連中に混じって見覚えのある影もありますが、紫はこの中にはいません。櫓の全体を俯瞰するショットはこれを含めて3つあるのですが、そのどれにも紫は存在しません。

当初はレミリアの後ろにいる女性が紫かなと思いましたが(紫の肩越しに魔理沙・黒髪の少女・小鈴・阿求が映っているショットのコマが108頁にあり、紫はこの4人の対角線上に居ると思われた)、この女性はZUN帽を被っていませんし、後のコマで正面から顔が写った際にほうれい線の走った、紫とは別の老婆であることが分かります。紫はかれこれ2000年くらいアンチエイジングに余念がないのでほうれい線はありえません。というかいくら薄暗いからって悪魔の主従の背後に居座れるこの老婆は何者なんだよ


f:id:trebuchet:20170131140321j:image

(同上115頁。周囲に異変が起こっているのにレミリアの背後で不敵な笑みを保つ老婆)


f:id:trebuchet:20170131140220j:image

(同上108頁。紫の肩越しのショット。黒髪少女はなかなか良い位置に座っており、小鈴か魔理沙の知り合いか?)

 

そもそも、百物語の主な話者であるマミゾウと紫を比較すると、他の登場人物との位置関係が分かるようになっているコマが多いマミゾウに対して、紫はバストショットばかりで位置関係がわかりにくいコマにばかり登場しているのも気になります。唯一他キャラと一緒に映っている前述の肩越しショットのコマも、俯瞰コマから考えてみればレミリア・咲夜が座っているはずの位置か、その前方の蝋燭が密集しているはずの場所にいるような描写がされています。


f:id:trebuchet:20170131140239j:image

(同上103頁。吹き出しにカブられる黒い口髭の男。マミゾウはこの男の向かって左隣に座っている)

 

単に人物の配置を劇作に合わせて融通してるんじゃないかと思われるかもしれませんが、一方で紫以外の人物は各コマにおいてかなり厳密に配置の一貫性が守られています。紫だけが妙に胡散臭い空間に存在しており、おそらくですがこれは制作側が故意に行った演出ではないかと思われます。


f:id:trebuchet:20170131140255j:image

(同上99頁。小鈴視点のコマ。俯瞰のコマと照らし合わせると、各キャラの座り位置と無矛盾であることが分かるし、黒口髭の男が妖夢の吹き出しによってまたもやカブられていることも分かる。更に咲夜・レミリアを画面から隠すように若干身を乗り出している新たな白い口髭の男。幻想郷の男の間では口髭が流行っているのか?)

 

紫は作品内世界と現実世界の境界にいる?

思うに、紫のいる空間は作品内世界でありながら同時にそうではないような、強いて言えば鈴奈庵というマンガを物質的に構成している紙の表面、紙面上としか言いようのない空間です。理屈の上では櫓の上のどこにもいないはずの紫は、紙面上に視覚イメージとして他のコマと共存しているということによって、作品世界内の空間的な矛盾を無視してその場に存在することになっています。すなわち、紫がいるのは作品世界のレベルと表現のレベルの境界であり、それは言うなれば、自分が紙の表面に付着したインクの染みであることに自己言及するような存在の仕方です。これは茨歌仙7巻の中でも読み取れることで、例えば黒ベタ塗りの中から紫の腕だけがにょっきり伸びてくる描写は、彼女が紙面に付着した黒インクの延長上に存在しているかのようです。


f:id:trebuchet:20170131141606j:image

(茨歌仙7巻80頁。頁の裁ち切り右上隅から吹き出しが出ているのも「書籍の外側からやってきた」感がある。) 

 

紫は境界を操る能力の持ち主であり、求聞史紀によると絵や物語の中にも入り込むことができるらしい。鈴奈庵43話における紫は、作品内世界と読者のいる現実世界とを隔てる、紙面という無限小の薄さの中に座っています。なんとなく三月精の「2つの世界」を思い出しますね。


無論、話している間だけコマの外側でスキマの中から現れて、話し終わったらさっさと帰っていっただけの可能性もありますが、もしかしたら紫は我々の居る現実世界から鈴奈庵の紙面に侵入しているのか、あるいは幻想郷から見ると我々のいる世界も絵か物語として見えていて、紫が幻想郷側からこちら側へと戯れにはみ出してきたのか、などと妄想してみると面白い。いきなり出てきて櫓の上の半数の人間には分からないスキマネタを話し始めるのも、どうせ東方ファンであろう読者への目配せであるようにも思える。

 

虚構と現実

そもそも鈴奈庵全体、あるいは深秘録あたりからの神主の表現やおまけテキストなどにおけるSNSの問題への言及を鑑みると、最近の東方Projectには、虚構と現実の境界、リアルとフィクションの区別を寓話的に問うような意識が共通しているように思います。鈴奈庵6巻で言えば冒頭の38・39話「情報の覇者は萃か散か」はまさしくそうした主題の話です。

深秘録で登場した菫子にしたって、外界で夢を見ている間は幻想郷内にいるという設定は明らかに荘子の「胡蝶の夢」を参照していますし、胡蝶の夢とは「夢と現実ってどっちが本物なのか分からないよね」という話であって、彼女の設定自体が虚と実の境界を問うものになっています。

宇佐見菫子という名前も蓮子との血の繋がりを示すとともに「菫色(薄い紫)」への言及を含んでいるように思いますし、菫子自体にも何かしら境界に関わる要素が含意されている?もしかしたら今後紫との繋がりが示されるかもしれません。

菫子の設定については、虚実の境界に関連した神主の東方ファンに対する痛烈な皮肉が込められているような気がしますが、それはまた今度。

 

茨華仙での紫はなにやら企んでいるらしく、急速に黒幕っぽい存在感を増しました。一方のマミゾウはハラペコ鬼に一杯食わされた挙句クッソ寒いダジャレをかましてしまうなど、ここにきて失点が目立ちます。果たしてこのまま古参腹黒の紫が再び黒幕ポジションに返り咲くのか、ここから新参腹黒マミゾウが巻き返すのか、新旧老婆抗争の続く中、レミリアの背後で謎の老婆が静かに微笑んでいる……